2008年10月29日 (水)

【職人の街「両国」で散歩を楽しんだ!グローブにべっ甲細工、そして特みそこってりのあのラーメン!!】

両国散歩が楽しい。

フリーペーパーで見たツアーに参加。
【秋の休日 両国にて相撲とちゃんで大いに楽しんだ】

これが大当たりの面白さ。
旗立てた案内人の後を集団で行動するのがこれまた快感。
街紹介のプロが説明してくれるのを見て

佃・月島でも出来ないものか?

助成金はこれぐらい必要…NPOを設立するのなら代表はあの政治家がいいな…
いやこれらは街を愛する人の(多い方が良い)協力と継続するモチベーションをどうやって保つか…
そうだ地元の出版社も巻き込んでしまえ!
などと考えておりました。
やったら面白そうだよなあ…などと妄想の世界に。


さて今回は「職人の街探訪」です。


ここはグローブ工場。

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若主人が製作工程を説明してくださっております。

しかし私が気になるのはこのような機械。

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電子では無くて電気なところがよし。
局番が3ケタなのも見所。

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職人さんはカッコイイ。
1日に2個程度しか作れないらしい。

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東駒スポーツ用品さん、ありがとうございました!



さてお次はべっ甲細工店

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2007年3月10日 (土)

【両国の猪鍋屋/ももんじや】

なんだよ、打ち合わせ終わったら帰るのじゃなかったのかよ?
まだまだ忙しいから会社戻るんだよ。

「まあまあいいじゃないか、両国のお店用意したんだよ」

何?前から言っていたイノシシ鍋か?

「そうだよももんじやだよ」




ももんじ屋(ももんじや)またはももんじい屋とは、江戸時代町方において、猪や鹿、犬や猿、牛、馬など牛肉、馬肉等の肉食させたり、売っていた店のこと。江戸では両国広小路にあった店が有名であった。
獣肉を鍋物にしたり、焼いたりして食べていたようで、近代のすき焼きや桜鍋の源流と言える。幕末には豚肉(猪肉)食が流行し、明治初期の牛鍋の人気につながっていった。

悪友かつ大切なクライアントであるFが連れて行ってくれたのは両国にある享保3年(1718年)創業のももんじやである。

場所はコチラ





へえ~またベタな外観だね。

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「両国橋のたもとにあるのが風流だよな」

お、突き出しだね。

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「猪の煮込みと筍煮か」

お、来ましたよ猪君が

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「ほお、じっくり煮れば煮るほど柔らかくなるそうだ」

ああ、以前食べたことあるから知っているよ。
あれは旨かったなあ。

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どれどれそろそろいいかな?

「何焦っているんだよ、じっくり煮込まなきゃ」

そうか、もうちょい待つか。


「この猪は丹波産らしいよ」

へえ~京都産か…ん?おい、ここは鹿鍋も熊鍋もあるぞ。


「お~それじゃあ次回にするか」


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さすがにもういいだろ?

「おーし食うか…いや待て鹿の刺身を先にやっつけてしまおう」

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これはキレイだね。

「ああ、臭みは全く無いし馬刺とも違うね」

山葵で食べるんだ…すいませ~ん、お酒追加!


「いやあ旨かった!よし猪だ」


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「うん、脂身が旨いね」

野趣溢れるって感じとはまた違うね


「まあ豚の原種だから味はそっくりだけど歯ごたえある」

臭みなんか無いしなんだか元気になりそうだ







「いやあ食った食った結構ボリュームあったな」

ああ、最初はちょっと量少ないと思ったけどね

「次行こう!次!」



いや、俺は会社戻るんだよ



「なんだよ、付き合い悪い奴だな…次回はどじょうにするからな」



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